不思議な話

99歳ばあちゃんのちょっと不思議な話

今年の10月19日、
旦那の祖母が亡くなりました。

享年99歳。

娘である旦那の母、そして父、
旦那の弟夫婦と甥たち(曾孫)に囲まれて
茨城県水戸市で静かな晩年を送っていたばあちゃん。

8月の誕生日にはまだ元気で、
誕生会では、好物の鰻のかば焼きを
美味しそうに食べていました。

そして、
「ばあちゃんはあと1年で100歳だから、
 もうひとがんばりしてよ。」
という旦那の言葉に微笑んでいました。

しかし・・・

夏の暑さの疲れもあったのか
1ヵ月ほど前に脳梗塞で入院。

病院では、目を開けたり片手を動かしていたので
意識はあるようでしたが、
言葉を発することはできなくなっていました。

当然自分でものも食べられなくなっていたので
栄養摂取は点滴のみ。

年齢が年齢だけに
回復する可能性はほぼないと
家族もある程度覚悟はしていました。

・・・

大正8年生まれのばあちゃんは
水戸で嫁入り後すぐにじいちゃんと一緒に満州に渡り
戦争に巻き込まれていろいろな苦労をしてきた人です。

満州鉄道で働いていたじいちゃんは
戦争が激化してきたころ、現地で徴兵されてしまいました。

ひとりで家を守ることになったばあちゃんは
どんなにか心細かったことでしょう。

じいちゃんは戦争で命を落とすことはありませんでしたが
不運にもロシア軍の捕虜になり
シベリアの収容所に送られてしまいました。

しかし、
収容所に到着する前に
じいちゃんは脱走に成功。

どうにかこうにか
ばあちゃんの元に戻ったそうです。

戦後、じいちゃんはばあちゃんと
満州で生まれた娘(私の義母)を伴って
日本に帰還。

しかし敗戦後の故郷の水戸では
住む家も仕事もありません。

政府からもらい受けた荒れ地を開墾して
必死に働いたそうです。

唐辛子栽培とか、果樹栽培とか
いろいろ試した結果
造園業である程度の成果が出るようになりました。

生活は徐々に安定し
家族が増え、孫も生まれました。

じいちゃんとばあちゃんは
金婚式を迎え、仲睦まじく暮らしていましたが

昔から酒好きだったじいちゃんは
不摂生がたたったのでしょうか、肝臓を壊してしまい
10年以上前にこの世を去りました。

・・・

そんなドラマチックな人生を送ったばあちゃんですが
ここ数年は、さすがに家事もできなくなり
大好きな猫を可愛がったり、テレビを見たり
時にはデイサービスにいってお友達と交流する日々を送っていました。

そして、今年のお盆が過ぎた後・・・

これは旦那が義母から聞いた話です。

ある日の早朝。

ばあちゃんの部屋から
同居している義妹(ばあちゃんにとっては孫の妻)
を呼ぶ声が聞こえてきたそうです。

ここ数年、ばあちゃんは
時々ボケたことを言うことがあったため
家族は、「ああ、また・・・」と無視していました。

しかし、ばあちゃんは杖をついて部屋から出てきて、
居間にいた義父のところにやってきました。

そして、
「お客さんがたくさん来ているので
 お茶を入れてくれ!」
と要求して自室に戻ったそうです。

さすがに不思議に思った義母が
ばあちゃんの部屋に行ったところ
ばあちゃんはベットの上に正座して合掌していました。

義母は驚き、「どうしたの?」と聞くと

ばあちゃんは、

「仏さんたちがお迎えに来た。」

と言うのです。

そして、

「仏さんに、『一緒に行くか?』と聞かれた。
 
 でも、私は、まだしばらくは行かない
 と答えたよ。

 そうしたら、(仏さんたちは)『わかった』と言って
 帰っていった」

ばあちゃんが脳梗塞で倒れたのは
その数日後のこと。

後になって、旦那とこの出来事を振り返り
「本当にお迎えが来たのかもしれないね」
と話しました。

「まだ自分は行かない」と一旦は帰ってはもらったようですが
その後、2ヵ月もしないうちに亡くなったので
やはり「天命(天から与えられた寿命)」だったのかもしれません。

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