備忘録もかねて、タロットカードとタロット占いに関する歴史をまとめようと思います。
歴史的に重要なタロットデッキと共に、タロット製作やカード占いに関する歴史的な出来事についても触れるようにしました。
出典となる書籍やサイトを記事の最後に掲載しています。
タロットカードの起源:エジプトとは何の関係もない?!
「タロットこそ、古代エジプトの叡智を受け継ぐ秘密の書。
その占いを世界に広めたのはジプシーだ!」
これ、タロット占いに親しんでいる方なら、一度は耳(目)にしたことがあるデータですよね?
エジプト起源についてはともかく、タロット占いをするジプシーというのは、かなり定着したイメージだと思います。
ただ、タロットの歴史を研究した方々の書籍を調べると、
- タロットは古代エジプトを起源とする
- エジプトからタロット占いを広めたのはジプシーである
という仮説は、かなり眉唾物だとわかります。
実際は、タロットカードが歴史に現れるのは14世紀ですし、当時は占いではなく遊戯用のカードとして使われていた、というのが本当のところらしいです。
では、そもそもなぜそんな間違ったデータが出回っていたのか?については、後程詳しく解説しますが、まずはタロットカードの本当の起源について見ていくことにしましょう。
14世紀フランス王の会計簿に遊戯用カードの記録あり
タロットに関する最古の記録は、14世紀の後半にあります。
14世紀といってもおそらくピンと来ないと思いますが、日本では室町幕府将軍の足利義満が南北朝を統一していた頃ですね。
1396年のフランスで、次のような記録が残されていました。
シャルル6世の会計簿によれば、「金やさまざまな色彩で描かれた56枚の遊戯札」が3パック注文され、カードメイカーと画家グランゴヌールに支払いがされています。
引用:『タロットの歴史~西洋文化史から図像を読み解く』井上教子 著
シャルル6世は、1380年 - 1422年に王位についており、1392年に狂気の兆候を示してから精神異常の発作を繰り返したため、「狂気王」とも呼ばれていたそうです。
この狂気王を慰めるための56枚の遊戯札がタロットであると考えられています。
56枚、といえば、現在の小アルカナの枚数と同じ。
ただ、近年の研究では、トランプに絵札が追加されてタロットとなった、といわれていますから、この56枚は初期のトランプだった可能性もありますね。
いずれにせよ「金やさまざまな色彩で描かれた56枚の遊戯札」の実物は一枚も残っていないため、確かめることはできません。
ミラノ公ヴィスコンティ家のタロット
次にタロットが歴史上の記録に現れるのは、15世紀の前半、場所はイタリアでのことです。
1420年代に、イタリアはミラノ公国の当主、フィリッポ・マリア・ヴィスコンティが画家に命じてタロット・カードを作製させました。
フィリッポにはビアンカという娘がいたのですが、このビアンカはフランチェスコ・スフォルツァという人物と結婚しました。結婚してヴィスコンティ家に婿入りしたフランチェスコ・スフォルツァ・ヴィスコンティもまた、タロット・カードを注文したことがわかっています。
このように、ヴィスコンティ家の命によって作製/購入されたタロットは「ヴィスコンティ版タロット、もしくはヴィスコンティ・スフォルツァ版タロット(Visconti Sforza Tarocchi)」と呼ばれ、最低でも3種類のヴァージョンが現存します。
これらが、現存している最古のタロット・カードです。
それぞれのタイトルには、寄贈者、もしくは現在の所蔵者の名称がつけられています。
- ブランビラ版 48枚残存・・・1909年、ジョヴァンニ・ブランビラがヴェネツィアで取得
- ケーリー(キャリー)イェール版(モドローネ版とも) 67枚残存・・・1967年、ケーリー家がイェール大に寄贈
- ピアモント・モルガン・ベルガモ版(ヴィスコンティ・スフォルツァ版とも) 74枚残存・・・35枚をモルガン・ライブラリーが所蔵、アッカデミア・カッラーラ美術館が26枚を所蔵、13枚をベルガモ地方のコッレオーニ家が個人所蔵
いずれも現在の標準的な78枚から欠損があり、完全なセットではありません。
この3種類のカードは人物像のポーズや描き方に違いがあり、複数の画家が関わっていた可能性があるようです。
大アルカナの内容
前述のように、ヴィスコンティ家のタロットには欠損があります。
確認されている大アルカナ・カードは以下の通りです。
※カードには通し番号や名称はついていません。
- 愚者
- 奇術師
- 女教皇
- 女帝
- 皇帝
- 教皇
- 恋人
- 戦車
- 正義
- 隠者
- 運命の輪
- 力
- 吊られた男
- 死
- 節制
- (悪魔)←欠損、もともと存在していたかどうかも不明
- (塔)←欠損、もともと存在していたかどうかも不明
- 星
- 月
- 太陽
- 審判
- 世界
以下は、現在の標準的な大アルカナには存在しませんが、ケーリー(キャリー)イェール版(モドローネ版)にのみ含まれている追加のカードです。
- 信仰
- 希望
- 慈善
小アルカナの内容
4つのスートがあるのは標準的なカードと変わりませんが、興味深いのはケーリー(キャリー)イェール版(モドローネ版)の宮廷カードです。メイドと女騎士が加わり、6枚あります。
- 棒、杯、剣、金貨の4つのスートごとに1~10の数札(Pip cards)が存在する。
- ケーリー(キャリー)イェール版(モドローネ版)の宮廷カード(court card)は、ペイジ、メイド、騎士、女騎士、女王、王の6枚。他のふたつは標準デッキと同様に、ペイジ、騎士、女王、王の4枚。
仮に、悪魔と塔が当時も存在していたとすると、大アルカナ22枚、小アルカナの数札40枚+宮廷カード24枚、計86枚のデッキであった可能性もありますね。もし信仰、希望、慈善を加えるなら89枚です!
どれが最古のタロットなのか?
ブランビラ版、ケーリー(キャリー)イェール版、ピアモント・モルガン・ベルガモ(ヴィスコンティ・スフォルツァ)版のどれが最古のタロットなのか?については研究者によって諸説あります。
『タロットの歴史』の著者井上教子氏は、
最初に作製されたのがキャリー・イェール・パックです。
と、ケーリー(キャリー)イェール版を1428年の最古の作製とし、さらにピアモント・モルガン・ベルガモ(ヴィスコンティ・スフォルツァ)版を1450年頃、と判断しています。
しかし、当時のヴィスコンティ家で使用されていた紋章に注目した香月ひかる氏による、最古はブランビラ版(1412~1447年)、次にケーリー・イェール版(1468年)、最後にピアモント・モルガン・ベルガモ版(1474年)という説にも説得力があると思います。
初めは「トリオンフィ(凱旋)」と呼ばれていた
イタリア語でタロットは「タロッキ」と言いますが、それより以前には「トリオンフィ(凱旋)」と呼ばれていたようです。
なぜ「凱旋」なのでしょうか?
14世紀のイタリアにフランチェスコ・ペトラルカという有名な詩人がいました。
彼は、『凱旋(がいせん)』という名の未完の叙事詩を書いていますが、この詩が当時のイタリアの文化に多大な影響を与えていたようです。
この「I Trionfi(トリオンフィ:凱旋)』の内容は「愛」、「純潔(貞潔)」、「死」、「名声」、 「時」、「永遠」という6つのテーマを、古代ギリシャ・ローマの精神とともに叙事詩にしたもので、 古代ローマ時代、戦争で勝利を収めた後に自国の民衆の前で行なった「凱旋のパレード」からヒントを得ています。 まず、「愛」から始まり、続いて「純潔」<「死」<「名声」<「時」く「永遠」の順に、後のものが前のものを打ち倒して勝利し、凱旋するという流れになっています。
引用:『ヴィスコンティ家のタロット』香月 ひかる 著
この、「愛」、「純潔(貞潔)」、「死」、「名声」、 「時」、「永遠」の凱旋は、当時とても人気を博し、挿絵が多数作製され、絵画の主題になりました。
さらに、この凱旋にあるような、「愛」、「純潔(貞潔)」、「死」、「名声」、 「時」、「永遠」をモチーフとした山車が実際に作製され、お祭りのパレードが行われていたそうです。
当時すでに利用されていたトランプのようなカードに、人気の「凱旋(トリオンフィ)」をモチーフとした絵札が追加され、「トリオンフィ」カード(つまりタロット・カード)が生み出されたのかもしれません。
ちなみに、「愛」、「純潔(貞潔)」、「死」、「名声」、 「時」、「永遠」のそれぞれに相当するタロットのカードは以下のようなものです。
- 愛=恋人
- 純潔=節制
- 死=死
- 名声=正義
- 時間=隠者
- 永遠=世界
ローマ・カトリック教会からの批判:タロットは悪魔が生み出したもの!?
15世紀イタリアで、ローマ・カトリック教会がタロットをどのように見ていたのかは、以下の写本の内容から明らかです。
誰がゲーム(博打)を発明した?危険な3つのゲームは、サイコロ、カード(現在のトランプのようなカード)、そしてトリオンフィ(タロット)。聖トマソたちに言わせると、それらは全て悪魔から生み出された。
引用:『ヴィスコンティ家のタロット』香月 ひかる 著
「トリオンフィ」は博打の一種であり、悪魔から生み出されたもの。
ここから、タロットが遊戯用のものであり、それを使って賭博も行われていたということがわかります。
ヴィスコンティ版の復刻タロット
ヴィスコンティ・タロットには復刻版が存在します。
前述のように、ヴィスコンティ・タロットはいずれもカードが何枚か欠けていますが、販売されている復刻版では欠損しているカードを再現して、フルデッキとしています。
ケーリー(キャリー)イェール版復刻
オリジナルの残存は67枚だが、89枚のフルデッキに再現。22種類の大アルカナに加え、美徳を表す「希望、慈善、信仰」の3枚のカードが追加され、コートカードも6枚含まれる。
ピアモント・モルガン・ベルガモ版復刻
オリジナルの残存は74枚だが、78 枚のフルデッキに再現されたもの。144ページの解説書、タロットクロス付き。
7U.S.Games版、オリジナルの残存は74枚だが、78 枚のフルデッキに再現されたもの。
参考文献
- 『タロットの歴史』井上教子 著
- 『The Tarot: History, Symbolism, and Divination』Robert Michael Place 著
- 『ヴィスコンティ家のタロット』香月 ひかる 著
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タロットの起源とタロット占いの歴史まとめ2:マンテーニャ、エステンシ・タロット
前回の記事では、15世紀のイタリアで作製されたヴィスコンティ家のタロットまでを取り上げました。 当時のタロットは遊戯目的で使用されていたようです。 もちろん、記録に残されていないだけで、占いに用いられ ...
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